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岩崎久弥は聞き上手
岩崎久弥はとても聞き上手であったと言います。ですから、まだ50歳の若さで社長を交代する必要性は無かったのではないでしょうか。三菱社の事業は順調に進んでおり、益々の活躍が期待されていたと言います。そんな久弥が50歳を迎えた頃、当時36歳であった岩崎弥之助の息子である小弥太に三菱社の社長の座を譲ったのは余りにも唐突な出来事であった様です。
久弥の人柄もそうですが、岩崎弥太郎が生存していた時から、尽力を尽してくれた幹部達がいてくれたからこその判断でもあった様です。しかし、ここが久弥の凄い所だった様です。人の話を相槌を打って良く聞いてくれて、相手が信頼出来る人だと判断すると、話の方向性のみ確認をして、後はその人に任せたと言います。
岩崎弥之助が、岩崎弥太郎の遺言により久弥を三菱社の総帥にしますが、その時期はとても速く、久弥が弱冠28歳と言う事でした。それも社長である久弥、副社長である小弥太のコンビネーションがあってこそだったと言われています。小弥太に社長を譲ってからは、小弥太を信頼していたので、経営に関して口をはさむ事は決してしなかったそうです。
久弥は引退後、小岩井農場の事業を楽しんで行う等して、楽しく社会貢献しながら余生を過ごしたと言います。こう言う好調の時だからこそ後継者を譲ると言う事が人を信頼している証だったのでしょう。岩崎久弥は、人を信頼する事に長け、人に信頼もされていた人物で、人の上に立つ人間としてはとても大切な要素を持ち合わせていた人だった様です。
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